退任取締役による従業員の引き抜きと忠実義務

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退任取締役による従業員の引き抜きと忠実義務

東京高判平成元年10月26日(損害賠償等請求控訴事件、附帯控訴事件)
金判835号23頁

<事実の概要>

X株式会社の代表取締役Aは、昭和55年暮れ頃、Yに対し、経営多角化のためX社に設置する予定のコンピューター事業部の部長に就任して欲しい旨要請した。

Yは3年後に独立させる等言われたのでこれを承諾し、翌年4月に義弟のBをXに入社させ、5月にX社のコンピューター事業部長に就任した。

Yは、X社入社後、C、Dらを引き抜いて部の陣容を整え、社員のプログラマーやしシステムエンジニア等の人材を他の企業へ派遣して成果を挙げた。

Aは、Yの働きぶりを評価し、なお将来の活躍を期待して取締役への就任を要請し、昭和58年1月にYはX社の取締役に就任した。

しかし、同年6月ころX社の集中移転をめぐってAとYが対立し、Yは独立を決意して同月にB、C,Dらを集め、参加を呼びかけた。

Yは更に、同年9月にも部下3名を自宅に招き、同様に独立参加を勧誘した。

CがAにこの事を打ち明けると、Aは、Yの独立行動が刺激されてX社に混乱が生ずることを懸念し、直接Yに確かめずに急遽Yのコンピューター事業部長の職を解いて子会社Eの取締役兼技術部長として出向させた。

Yは出向後59年3月に退職した。

同年2月から3月にかけ、計9名の従業員がX社を退職した。

同年4月3日、Yほか退職者3名を含めた7名が発起人としてF社を設立し、取締役に就任した。

設立登記前後にX社を退職した残り6名がF社に雇用され、コンピューターソフト関係の業務を開始した。

X社は訴訟を提起し、Yが取締役としての忠実義務に違反したことによる損害(新人教育費用、7名の一斉退社による逸失利益及び信用低下による精神的損害)の賠償請求、Yの受け取った取締役報酬の不当利得返還請求を行なった。

Yは、X社がAのワンマン経営であって取締役会は形骸化しており忠実義務違反を問われることはない、Yの退社とその他従業員の退社には因果関係がない等と主張した。

原審は、7名の引き抜きに対する340万円の支払を命じた。

Yは控訴した。

控訴審は逸失利益の一部のみを認めた。



<判決理由>原判決変更、請求一部認容。

「プログラマーあるいはシステムエンジニア等の人材を派遣することを目的とする会社においては、この種の人材は会社の重要な資産というべきものであり、その確保、教育訓練等は、会社の主たる課題である・・・。

したがって、この種の業を目的とする株式会社の取締役が、右のような人材を自己の利益のためにその会社から離脱させるいわゆる引き抜き行為をすることは、会社に対する重大な忠実義務違反であ・・・る。」

「・・・G、H、Iは、退職の時期が同一であり、それぞれ退職の際の理由として挙げたことに反し、直ちにFに雇用されていること、Yが元上司であることに照らすと、特別の事情がない限り、YからB・・・と同様に勧誘を受けたものと推認され、右特別の事情を認めるに足りる証拠はないから、同人らも右勧誘に応じて退職したものと認められる

しかし、・・・Jは・・・残り1年の学業の継続に確信を得ることができなくなり、・・・Kは、・・・A・・・が女子社員を全員辞めさせようという考えであると聞かされたことなどが重なってX社を退職する決意をするに至り、Lは、K・・・の件を聞いたり、自らは出向先・・・などを非常に苦痛に感じX社を退職する決意をするに至ったことが認められる。

そうすると、J、K、Lについては、Yの勧誘により退職したと認めることはできない。」

「Yは、・・・4名が退職したことによりX社が被った損害を賠償する義務を負うものである。」

「・・・プログラマー等・・・の従業員については必ずしも代替性がないわけではなく、Aは・・・Yが独立しようとして動きだしたことを聞知するや、昭和59年1月には他社から約8名を引き抜き、同年4月にも、5、6名を採用し、同年度のX社のコンピューター事業部としての利益は、前年度に比較して減少していないこと、この種従業員の新人教育には最低3ヶ月を要することが認められる。

・・・Bら・・・の退職後3ヶ月の期間があれば、X社のコンピューター事業部の体制は、元の状態に回復することが可能であったものというべく、右の期間の逸失利益をもって、右4名の引き抜きと相当因果関係にある損害と認める。」

「取締役が忠実義務に違反する行為をしたからといって、当然に報酬を受ける権利を失うものと解することはできない。

・・・X社は、右取締役在任期間中、専ら自己のために独立の計画を実現する行動をしていたと認めるに足りる証拠はなく、かえって、Yは、X社のコンピューター事業部長、後にはE社の技術部長を兼務し・・・部長としての職務に従事し成果を挙げていたこと、Yに対するX社からの報酬は、右部長の職務についての賃金部分と区別されていなかったことが前掲証拠により明らかであるから、このような事実関係のもとにおいては、Yの取締役の報酬を不当利得に当ると認めることはできない。」

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